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追憶と。。。反省と。。。
2007-02-03
自分がまだ名古屋市役所の近く、東区辺りで仕事をしていた頃、昼食に出かける時に前を通るペットショップで、気になる存在が現れた。
そこを通ると、必ず目が合うようになった。
猫好きな嫁から猫の話は色々聞いたが、犬派だった自分は他人事のように聞いていた。
そんな自分が魅かれ始めたのは紛れもなく、「子猫」である。
兄弟らしきもう一匹と一緒にケージに入っており、血統書付きらしく10万を越える
値札が付いている。
が、自分が気になっている方は、その血統の証明ともいうべき特徴がなく、そのせいで
付いている値札も破格、というか叩き売りに近い。。。
(そんなところがちょっと不憫でもあり。。。)
そして、その年の冬、嫁へのクリスマスプレゼントと称して、我が家に招き入れる
こととなった。
店主の話では、「この猫は頭がよく、性格は犬に近い」ということだった。
何が犬に近いのかよく分からなかったが、犬派の自分としてはもってこいだと
思ったものだ。
やがて成長するにつれ、「犬に近い」の意味が分かってきた。
猫のイメージというのは、放っておいても好き勝手に行動する単独行動型、だった。
しかし彼は、寂しい時だけ自分達を呼ぶように鳴いていたし、仕事から帰るといつも
玄関で出迎えてくれた。その後もしばらく足元に佇んでいたりしたものだ。
これはまったく犬の性格だなぁ、とつくづく感じた。
そうして家族となって8年、今では居て当たり前、というかかけがえの無い存在である。
ただ、昨年の暮れから今年にかけて、著しく痩せてきていた。
さすがに心配になり、嫁に医者に連れて行ってもらったのが、先週の日曜日。
自分は綱引き大会に参戦中だった。
昼の休憩に入って一通のメールが届いていることに気付く。嫁からだった。
「腎不全。。。末期。。。3日間の治療で効果が現れなければ、他に打つ手はなく、
長くはない。。。」
気分は一気に奈落の底に落ちた。完全に戦意喪失。場の雰囲気を壊さないように努めるのが
精一杯だった。
試合後、病院に駆けつけて面会した彼の姿は、改めて痛々しく見えた。
彼を腕にいだいて、頭をめぐるのは反省と謝罪の思いばかりだった。
猫は犬よりもはるかに我慢強いらしいが、彼はホントにそうだった。
これまでも痛い、ツラい時には一切鳴かなかった。
そうであるが故に、こちらがもっと早く気付いてあげなければいけなかった。
調子悪いからといって、彼らは自分で医者に行ける訳ではないのだから。
今週は仕事を早めに切り上げ、毎日面会に行き回復を願った。
治療も当初の3日から、昨日まで続けてもらった。
そして診断結果。
「望ましい回復はなく、治療の続行も意味をなさない」
色んな病院を回っても良くならず、ここの病院に連れてきたら回復した、
という話は1つや2つではない。
そんな、命に対して真剣に向き合っているスーパードクターの言葉を
もはや重く受け止めるしかなく、1つの命に対して負った責任の重さが
痛烈に胸に突き刺さった。
余命の過ごし方を検討するに至り、「少しでもこのコが苦しくないように。。。」
と涙ながらに懇願する嫁の言葉を受け、回復しないがいよいよの時までは
苦痛を少しでも緩和するための治療を続けて頂くことになった。
自分が彼にしてやれることは、もう無いのかもしれない。
自分がお気に入りのこの場所に、一度くらいは一緒に来られたら
少しは救われるだろうか。。。
今日ここに来て、そんなことをしばらく考えていた。

(文章を書きながら、まだ闘病中であるが故に不謹慎であると思いつつも、
愚かな自分への反省材料として、掲載することにした)

